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個別記事の管理2016-03-11 (Fri)
少しずつ春めいた印象の日もありますが、夜になると冷え込み
が半端無く、春への道がずっとずっと遠いようなこの頃です。

東日本大震災から5年という今日、何となく落ち着かず、
朝を迎えました。

5年前と今日の体感温度は同じように思えます。
まだブーツも履いていたし、コートも冬物でした。

3月は何かと忙しく、慌ただしい空気も同じ感じです。

まさか、あの日が一生忘れられない日になるとは思いません
でした。

5年という月日が流れ、街の景色もかなり変化しました。
しかしながら、いつも心には、震災があったことが刻まれて
います。
不動産会社として、何ができるか、模索が続いていた5年
でしたが、被災者の方々と住宅というものを通しての関わり
があったことは、とても大切な経験となりました。

これからの未来、家々に灯る明かりが、ずっと消えませんよう
に、笑顔が溢れる暮らしがありますように。

そう静かに祈りたいと思います。
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Theme : 仙台 * Genre : 地域情報 * Category : 東日本大震災
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個別記事の管理2015-03-11 (Wed)
3月11日は、東日本大震災のあった日。
まだまだ日本中、世界中の人々の心に深く刻まれて
います。

あの日のあの瞬間のことは、まだ体のどこかに感覚が
残っている気がします。
仙台の中心部に位置する当社ですが、揺れの激しさは
本当に恐怖でした。
震災の直後、当社の前の一般道路は、人で溢れて
いました。
周りのオフィスビルから一斉に出てきた人々。
ざわついている中、余震が続きました。
電柱が飴のように揺さぶられて、周りの高層ビルがゆらゆら
と波打っていました。

地震の瞬間から停電になったのですが、その時はある程度
の時間が経過すれば、すぐに復旧するだろうと考えて
いました。
空が不気味に真っ暗になり、雪が降ってきた時、ただ事では
ない気がしてきて、足が震えました。

海外で、地震によるビル崩壊のニュースがまだ記憶にあった
ものですから、周りの景色でビルが崩壊などというものが
ないという安堵感から、自分はここから避難しなくても良いと
判断しました。
いったん外に出ていた私は、社内に戻り、馴染みのお客様や、
同じビルに入っている人々を中に入れてあげました。
声をかけ合いながら、早く落ち着いた時間が戻ってくることを
願っていました。

しかし、ワンセグで情報を観ていた人から、津波で命を落とした
方が大勢いるという信じられない言葉を聞きました。
石巻の自宅に携帯電話からかけてもが繋がらないというお客様に、
もしかしたら公衆電話からなら繋がるかも、などと励ましていた
私でしたが、まさか沿岸部で次々と津波被害があったなんて、
その時点では、理解し切れていませんでした。

その後、親類や知人の命が失われた現実や、家主様が亡くなら
られたことなど、たくさんの悲しい体験をしました。
あれから4年、公私共に色々なことがありました。

震災を同じように体験した私達ではありますが、内陸部と沿岸部
では、被害の大きさは異なります。

住むところを失うということは、とても大きな打撃です。
たくさんの被災者が、避難所生活や仮設住宅での暮らしの中で、
それでも生きていく力を失わず、共に支え合っている姿を
テレビや新聞などで見かけては、頑張って下さいと、呟く私で
ありました。
借り上げ住宅のお世話をしたり、そこから新たな住まいへと
再出発される方を見届けたり、様々なことがあった4年でした
が、本当に人それぞれの4年という時間が流れているのだと
感じています。

市内の中心部は、道路が整備され、地下鉄東西線の開業が
目前で、街はどんどん変化しつつあります。

そして、甚大な被害があったあちこちでも、復興が徐々に進んで
いる様子を知る機会が増えてきています。

「あの日のことを忘れないで」
あちこちで聞く言葉ではあります。
私達被災地の人間は、
「あの日のことを忘れることは決してない」
という言葉が出てくるのです。

心には決して塞がることが無い傷はあるけれど、やっと4年経って
楽しい時に、素直に笑える瞬間がどんどん拡がってきています。
地元の美味しいものを食べて、なごやかな会話が聞こえてくる、
一つひとつの住まいからのあったかいムードもまた、復興へ繋がる
と思います。
これからも、皆様の住まいの未来を見守り続けていきたい、そう
考えながら、今日一日を締めくくりたいと思います。


犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。

そして、毎日復興のために頑張っている皆様、どうぞこれからも
宜しくお願い致します。
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個別記事の管理2013-09-11 (Wed)
久しぶりの記事更新となりました。

今年の仙台の夏は、7月上旬まで長袖が必要なほどの気温
でした。
もしかして、冷夏かと思っていたら、中盤からぐんぐんと
気温も上がり、猛暑に突入しました。

全国的に異常なほどの暑さ、40度を超えた地域にお住まい
の方々は、どのように暑さを乗り切って暮らしていたのか、
到底想像もできないですが、きっとそこに住む人達は、
様々な工夫をして過ごしていたのではないかと思います。

仙台の人々も、街の中ではクールビズが定着しているし、
暑い中でも、頑張ろうって気持ちが前に出ている感じが
する毎日だったと思います。

今日は東日本大震災からちょうど二年半。
被災地に住む人々にとっては、以前の日常が戻っても、ふと
手を休め、立ち止まり、あの日を思い出す、そんな一日では
なかったのかと思います。
二年半の重みを感じ、まだまだ復興は続くのだから、と決意
も新たに、という大勢の声が聞こえてきそうです。


さて、様々なところで、建築ラッシュ、というイメージが
ありますが、
売りたい・買いたい、貸したい・借りたい、
または将来に備えて色々聞きたいなど、
不動産については、奥が深く幅が広いお話だけに、まずは
ご相談を、とお考えの方も多いと思います。

当社では、お電話は勿論、ファックス、メールなどでも、
お客様のご相談を受け付けます。
ぜひ、お気軽にご相談下さい。


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仙台賃貸物件・大建興産

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個別記事の管理2012-01-17 (Tue)
久々の更新となります。


未曾有の大震災があった2011年。
誰もが忘れられない一年になったと思います。

年末にかけてのニュースは、各避難所の完全閉鎖や、
新しい出発に決意をしている姿など、
ひとつの区切り…ということが感じ取れました。

仙台の街の姿はというと、秋口くらいまでは、大規模修繕の
足場が組まれたビルがあちこち…
そして、綺麗にリニューアルされた姿がお目見えすると
震災の傷跡も薄れてくる感じがしました。
それでも、まだ凹んでいる道路もあるし、ひび割れたままの
ビルもあって、震災のことをすっかり忘れてしまう…
という気持ちにもなれないのです。

きっとみんな同じですよね。

通勤途中に、崩落するのかと心配になるビルがあります。
余震が来る度に、外壁がちょっとずつ落ちたりしているようで、
いずれは解体するのでしょうが、諸事情で処理が遅れていると
考えられます。
個人的には、やはりそういった被害が顕著なビルは、優先的に
解体して欲しいなと思いながら、恐る恐るビルを脇目に、
帰路に着きます。


さて、2012年の幕が明けて半月が経過し、本格的な異動の
シーズンに突入しました。
復興のために、初めて仙台に住むことになる社会人の方も多い
と思います。
仙台へ進学のために、初めての一人暮らしという方もいるでしょう。

今年の春は、穏やかに、ゆるやかに迎えたいですね。

杜の都仙台での生活が、良いスタートとなりますよう、応援しています。

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個別記事の管理2011-06-05 (Sun)
3月11日の大震災から、大きく環境が変わりました。

このブログは、不動産会社のスタッフとして、杜の都の住人として
住まいに関する情報を発信していく、という目標のもとに立ち上げ
てきました。

しかし、地震の直後は何を書くのが一番良いか、模索していました。

被災地にいる友人・知人・親類など、安否確認や地域の現状を
まずは知りたい、という方々がアクセスして下さったと思います。
そして、今被災地はどうなっているのか、常に新しい情報を
求めていらっしゃったと思います。

震災当初は、被災地とそれ以外の地域の中継ラインとしての発信が
したいと思っていました。
しかし、それは他の方々が、それぞれの立場で発信されていると
分かって、私は本来やるべき、住まいに関することをお伝えして
いくのが良いということに辿り着きました。

多くの避難所にいる被災者の立場に…
もし自分がそこにいたら…と考えました。

まずは、ゆっくり眠りたい、そう望みます。
プライバシーを保ちたい、そう望みます。

空き室になっている部屋を即座に開放できたら…
きっとみんな喜ぶかもしれません。
しかし、そこには様々な問題があることを認識しなくてはなりません。
不動産業者の立場として、もどかしさも多くありました。

微力ながら、民間住宅の支援のお手伝いをさせて頂きました。
そのことで、たくさんのことを学びました。
もし、もっと物件を扱っているのなら、より多くの被災者の方々に
お世話できたのですが、現在仙台ではファミリー向けの物件が
殆ど無い《物件枯れ》の状態となっており、お問い合わせの方や
来社された方のご希望を叶えるまでに至らず、残念に思っています。


仮設住宅の建築を、毎朝の通勤ルートで見ていたのですが、
完成した時、たくさんのほっとした顔や、洗濯物を干している様子や
子供達が遊んでいる姿や、そんなことを想像していた自分。
しかし、実際に入居した世帯がすごく少なくて、驚きました。
仮設住宅を誰もが待ち望んでいたと思っていたのに、そうではない
のでしょうか…。
仙台市若林区荒浜で被災した方からすると、あすと長町の仮設住宅は
遠いと感じる様子ですし、職場や学校の問題などもあって、JR沿線の
仮設住宅も、引っ越すことができない背景がたくさんあると知りました。
ならば、被災者が希望するエリアでの民間住宅をご紹介したくても、
空き室は内陸で建物使用ができなくなった方や、通常転勤者などで、
すぐに満室になっているようです。

最近のニュースでは、ある被災地では、仮設住宅に当選しても入居を
拒む人が相次いでいるとのこと。
物資や食糧の支給が無くなると困るから…という理由のようです。

物資などの支援の様子ですが、様々な情報が溢れていて、私も正確な
ことは分かりません。
衣類などは古着など状態が悪い物が混じっているので、仕分けが追い付か
ず、もう受け付けていない様子が映像から伝えられると、そうなのかと
信じてしまいますが、ミクシィなどのネット情報では、まだまだ必要に
迫られている状況も伝わってきます。

住まいも同様で、今は被災者がどの程度新しい生活ができる状況に
あるのか、仮設住宅と、民間住宅とのバランスはどうなのか、
まだまだ情報を網羅できるのは困難です。


間もなく大震災から3ヶ月を迎えようとしています。

多くの民間の団体などの支援は続いています。
また、ボランティアで被災地に定期的・継続的に向かう方も大勢いらっし
ゃいます。
仙台市中心部は、ライフラインや交通網の復旧で、いっときは、以前の
生活を取り戻したような錯覚さえ感じる場合もありますが、市内の
あちこちに危険・立ち入り禁止のテープが張ってあるビルや、壁が崩れ
落ちたまま、ガラスが大量に壊れたままののビルなども、数多くあります。
廃墟ビルなどは、解体もままならないし、二次災害の危険もあります。

どこか緊張しながらも、震災で遅れた業務を何とかこなしている、
そんな姿があちこちであることでしょう。

未だに余震が続く毎日。
夜中も多いです。睡眠の妨げになります。
緊張感が抜けなく、心休まる日はなかなかありません。

それでも…
仙台は、桜が咲き、木々の緑が美しい季節が来て、制服姿の学生からは
笑顔がこぼれて、いつもの季節…と感じていたいなと素直に思います。

背景画像は、もう暫くこのままでいきたいと考えています。
震災後、被災地でもたくさんの桜が咲きました。
日本に生まれて、本当に良かったと感じる美しさでした。
もう桜の季節じゃないよ…と指摘しないで下さいね。
被災地の学生は、学校がずっと休みだったので、5月になってから
始まったところが多いのです。
サクラサク…の合格発表を手にした、新入生は、入学式も中止になった
ところが多く、せめて人生の輝かしい時期をそっと見守っていたいと
管理人の思い入れを、読んで下さっている方が汲み取って頂けたら…。



ブログを少しお休みしておりましたが、再開できる環境が整いつつ
あります。

個人的に感ずる想いもありまして、哀しい現実と向き合ってきた
時間がありますことを、お察し頂ければ幸いです。

リンクは貼ってありませんが、姉妹サイト(個人ブログ)にも近況を
報告してあります。
関心のある方は、クリックしてみて下さい。


今日は昨日よりも復興が進み、明日は今日よりも笑顔が溢れていると
信じて…。

* Category : 東日本大震災
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